養父市大屋町蔵垣に今年5月、仏語で「大河」を意味する小さな洋菓子屋「ル・フルーブ」が生まれた。パティシエは、前回このコラムで紹介した上垣敏明さん(67)の長男、河大(こう・だい)さん(25)だ。
この冬、2度目の寒波で雪景色になった今月中旬の週末、河大さんは自宅につくった10平方メートルほどの厨房(ちゅう・ぼう)で、地域おこしの一環で取り組む菓子作りワークショップに向け下ごしらえをしていた。厨房(ちゅう・ぼう)にあふれるユズの香り。父の敏明さんが27年前、自身の結婚記念に畑に植樹した1本のユズの木から収穫した約40個の実の皮を、シロップにつけ込んでいた。「渋皮煮をつくる要領で1日1回、5回シロップにつけて煮る作業を繰り返し、糖分を65~70%にする。細く切ってチョコにつけたり、お菓子の仕上げの飾り付けに使ったりするのですが、手間を惜しまないことがおいしいものをつくる基本です」
中学から父の養蜂や養鶏を手伝った。料理が好きで、自宅の卵などを使って作ったシフォンケーキを地元のスキー場で販売したことも。「やるならとことんやれ」。父の言葉に二十歳の秋、修業を決意する。
2009年のことだった。独学で作ったチョコを持って、京都府福知山市の洋菓子店を訪ねた。パティシエは河大さんの12歳年上、水野直己さん。水野さんはその2年前、仏で開催されたワールドチョコレートマスターズで総合優勝していた。その彼が河大さんのチョコを「おいしい」と言い、一番弟子にしてくれた。「今に思えば怖いもの知らず。仲間の笑い話になっている」と河大さんは振り返る。
皿洗いに始まり、パレットナイフなどの道具の置き方なども一から水野さんに学んだ。「水野さんの動きがめちゃくちゃきれいなんです。色んな講座に出てきたが、水野さん以上に美しくかっこいい人はいない。すべてがおいしいお菓子に通じている」
福知山のアパートに暮らし、がむしゃらに働いた。朝8時出勤、深夜の帰宅という日が4カ月ほど続いたことも。水野さんが店をリニューアルした12年、下働きを終え、チョコ部門をすべて任された。それから2年余り。出身地の福知山をこよなく愛する水野さんのように、河大さんも今年春Uターンした。
焼き菓子やチョコをつくり、地元の道の駅やギャラリー、インターネットでも販売する。こだわるのが材料で、父の畑の一角で果物や野菜も育てる。7月、養父市で開催された「朝倉山椒(さん・しょ)Aー1グランプリ」で、山椒の香りを移したクリームが5層になった繊細なチョコ「アグリューム ジャポネ」を出品。「農業特区の養父から世界に発信できる」と絶賛され、審査員特別賞を受けた。
「チョコは繊細で、お菓子の頂点。職人として極めるならチョコだと思います。チョコの文化を広めるのが水野さんの志ですが、私の目標でもあります」
(甲斐俊作)