吉野家ホールディングスが農業事業を縮小したことが明らかになった。グループの外食チェーンの食材にするために神奈川県などでコメや野菜を作っていたが、黒字化のメドが立たず、生産をやめた。農業の再生を期待される企業参入だが、実際は撤退するケースが少なくない。本業のノウハウを生かす緻密な戦略が求められている。
吉野家は2009年に吉野家ファーム神奈川(横浜市)を設立し、農業に参入した。神奈川と山梨で借りていた農地は合計で約9ヘクタール。日本の平均が2.7ヘクタールなのと比べると大規模経営に進み始めていたが、3月末までに地主に農地を返した。横浜市の事務所も6月いっぱいで返却する。
事業の継続を諦めたのは、農地が分散していて経営効率が低かったことが一因。神奈川では水田が2つの地域、畑は4つの地域に分かれていた。売り上げを増やすために規模を拡大したことが、かえって効率向上の足かせになっていた。
栽培技術も十分に高めることができなかった。神奈川ではピーク時に30種類もの野菜を作っていたが、グループ企業の品質基準を満たして出荷できたのはキャベツや白菜などにとどまった。他の品目は売り上げを立てるため、周辺のスーパーに売ることもあった。
一方、山梨で15年に借りた水田は神奈川と違って分散しておらず、効率を高める余地はあった。だが1年目は栽培がうまくいかず、2年目は収量が増えたものの、目標には未達。神奈川の撤退と合わせて、農地を地主に返すことにした。
同社が農業に参入したのは、元店長の働く場所を確保するのが目的だった。本業が外食のため、作物の売り先があるという利点もあった。だが栽培が安定せず、利益を出すことができなかった。東北の一部地域に農場は残っているものの、事業の出発点となった吉野家ファーム神奈川の農場はすべて閉じた。
吉野家の事業縮小は戦略性のなさが際だつようにみえる。だが企業が鳴り物入りで農業関連ビジネスに参入し、撤退する例は少なくない。
オムロンはオランダから最先端の栽培施設を輸入してトマトの生産を始めたが、約3年で02年に撤退した。ニチレイは野菜の貯蔵と加工を手がける6次化事業に参入し、16年3月に撤退。東芝も16年末に植物工場を閉鎖した。他にも様々な企業が挑んだが、事業を軌道に乗せることができた例はごくわずかだ。
多くのケースで共通なのは、本業のノウハウを生かそうとして参入し、農業の収益性の低さに直面して黒字化に見切りをつける戦略の「甘さ」だ。
日本は輸入農産物も合わせれば、年間の食品ロスが数百万トンに達するほど供給過剰になっており、農産物の生産で利益を出すのは簡単ではない。
規制が企業の農業ビジネスの障壁になっているわけでもない。吉野家ホールディングスは「制度以前の問題。事業を拡大できるビジネスかどうかの判断が十分ではなかった」と説明する。
農業は高齢農家の大量引退が始まり、大きな変革期にある。そうしたなか、有力農家が規模拡大の好機を生かすために法人化するなど「企業的な経営」は成長の条件の一つ。農業に参入する企業も農業の収益性の低さを踏まえたうえで、競争に打ち勝つ新たな戦略が必要になっている。
(編集委員 吉田忠則)
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