2016年2月9日火曜日

@大学 地方私大、相次ぎ公立化 定員割れで経営難 地元自治体が「救済」




4月から公立化する山口東京理科大は、ホームページで「公立はうれしい」とPR


若者の流出を食い止めようと、定員割れで経営難に陥った地方の私立大学を、地元の自治体が公立大学法人化する動きが各地で起きている。私大より学費は下がり、志願者は大幅に増えるという。しかし「大学間の公正な競争を妨げる」と懸念する声もある。今年4月から公立大学法人をスタートさせる2自治体の例から、自治体と大学のあり方を考える。
     ●国の交付金で学費半減
     山口県山陽小野田市の「山口東京理科大」は工学部の単科大学。地元自治体の協力で学校法人東京理科大(東京)が1987年に設立した短大が前身だ。95年に4年制大学となった。近年は定員割れが慢性化し、累積赤字は約90億円に上っていた。
     市成長戦略室によると、2014年7月に理科大側が「市の公立大学法人にできないか。駄目な場合は廃校も視野に入れている」と申し入れてきた。公立大学法人になると国から学生数に応じた交付金を受けられる。市の試算では、一番厳しく見積もっても公立化後の9年間は赤字にならないとの結果が出た。
     県内には国立の山口大に工学部があることもあり、市は単科大学のままでは公立化する必要性が弱いと判断し、県内初の薬学部新設を打ち出した。白井博文市長は「公立大学法人への選択こそ『地方創生』に役立つ。学費が半減し、県内唯一の薬学部が誕生すれば、進路の選択肢を増やし、市の産業力強化や定住促進につながる」(昨年1月の市民向けメッセージ)と強調。直後の昨年の入試(15年度入学者選抜)は受験生が定員200人の7倍を超えたという。市の担当者は「今年(16年度入学者選抜)は市長が高校を回り、テレビCMでもPRし、昨年以上の志願者が集まっている。卒業生の6割に県内に就職してもらうことを目指す」と話す。
     ●若者人口確保するため
     京都府福知山市の成美大学も今年4月から公立化され、「福知山公立大学」に改称する。
     成美大は学校法人成美学園が2000年に設置した京都創成大学が前身。福知山市も設置時から27億円を負担して支援し、経営情報学部のみの単独学部で運営してきた。
     開学当時は定員195人に106人が入学したが、近年は入学者が50人を下回るように。赤字決算が続き、複数の重大な問題があるとして、文部科学省の認証機関「大学基準協会」から「不適合」の判定を受けていた。学園や市民団体などの要望を受け、市が有識者会議を設置。その報告書は市内での4年制大学の存在意義を認めて公立化も一つの選択肢と判断したが、「抜本的な改革をしなければ公立化しても成功しないのではないか」との懸念も示した。
     公立化を決めた市は、市民説明会で「大学は若者人口を確保する最も効果的な装置で、地方公立大学だからこそ学生が集まる」と理解を呼び掛けた。
     新大学は「1学部、定員50人」を踏襲し、4月から学部名を「地域経営学部」に改称する。市大学政策課の担当者は「一年でも早く定員を200人に増やしたい」と話す。今年の入試では推薦入試の志願者が約6倍になるなど、定員を上回る志願者が集まっているという。
     ●補助金の国公立偏在に批判も
     文科省によると、これまでに計5私大が公立法人化された。このほか、新潟産業大(新潟県柏崎市)、長野大(長野県上田市)、旭川大(北海道旭川市)、諏訪東京理科大(長野県茅野市)などが自治体に公立化を要望している。
     こうした動きに批判的な声もある。約410大学が加盟する「日本私立大学協会」の小出秀文常務理事は「公立化して志願者が増えるのは学費が安くなるから。安易に公立大学を増やせば、努力している周辺の私立大の経営を圧迫する。国の補助が国公立大に偏っている現状や、公立大の存在意義を問う時にきている」と指摘する。【高木香奈】

    私立から公立大学法人になった大学
    大学名    所在地       開学年  公立化年
    高知工科   高知県香美市など  1997 2009
    静岡文化芸術 浜松市       2000 2010
    名桜     沖縄県名護市    1994 2010
    公立鳥取環境 鳥取市       2001 2012
    長岡造形   新潟県長岡市    1994 2014
    山口東京理科 山口県山陽小野田市 1995 2016(予定)
    福知山公立  京都府福知山市   2000 2016(予定)

    2016年1月20日水曜日

    過疎地の宝、ドローンで発見 四日市大の研究者ら撮影

     ドローン(無人航空機)を使って、過疎地域とされる「ふるさと」の観光資源を上空から探そう――。四日市大学などによる調査が、三重県いなべ市藤原町の鼎(かなえ)地区であった。さて、空から見たふるさとの姿は?
     鼎は約50戸、住民約120人、小学生は5人と市内で最も過疎化が進む地区の一つ。「調査と聞いた時はプライバシー侵害などを心配した」と自治会長の伊藤憲朗さん(62)は打ち明ける。でも、実際に空からの映像を見て感激した。「地上の景色がきれいで驚いた。ふるさとも捨てたもんじゃないなと」
     豊かな自然を生かす「グリーンツーリズム」で過疎地を元気にしようとする市などの調査の一環で、四日市大の研究者らが9日、実施した。担ったのは、同大環境情報学部の千葉賢教授(59)、同大自然環境教育研究会監事で歴史文化研究家の長谷川博久さん(66)とドローンに詳しい総合地球環境学研究所(京都)の渡辺一生さん(37)。
     ログイン前の続き藤原岳を西に望む野山の中腹の採石場や三重用水の中里ダム、梅林公園の3カ所でドローンを飛ばし、撮影した。ダム湖に顔を出すかつての山々の頂は空から見ると、まるでリアス式海岸のように美しい。
     採石場の調査地には、昨年の地元調査で四日市大の学生が住み込みの世話になった西脇敬三さん(67)、かづゑさん(70)夫妻と、孫の昇汰朗君(11)、侑里さん(9)もやってきた。西脇さんは初めて見る本格的なドローンにびっくりしながら、「若い人が来てくれることはうれしいです」と調査に期待する。
     いなべ市は、藤原町の鼎、篠立、古田と北勢町の川原、二之瀬の計5地区をグリーンツーリズムの対象とする。いずれも岐阜や滋賀との県境。京都産業大学も協力し、調査自体は2019年度まで続くが、並行して、新年度からは各地区の観光資源を生かす取り組みに入りたいという。
     伊藤さんは、地元の観光資源として「鼎塚(かなえづか)」に期待する。1600(慶長5)年の関ケ原の戦いで、西軍の島津義弘軍が敵中突破を図って郷里の薩摩まで逃げ延びた有名な逸話がある。その途中で鼎地区を通り、この地で命運尽きた家来を弔った塚だ。
     文化や歴史に詳しい長谷川さんも「最終的には郷里へ帰る夢をかなえた途中の地で、まだ広くは知られていない塚。観光資源として申し分ない」と話す。
     ドローン調査を発案した千葉教授には、観光資源を探す目的だけでなく、もう一つの思いがあった。「新しい角度でふるさとを見てもらうことで、過疎で自信を失いがちな人たちに元気になってほしいんです」(中根勉)

    2015年9月12日土曜日

    広島)生口島の情報誌に英語版 地元高校生が翻訳し作成

     外国人観光客に生口島の良さを知ってもらおうと、島にある瀬戸田高校(尾道市瀬戸田町)の生徒たちが情報誌「巡り人」の英語版「Meguribito」を作った。昨年、先輩たちが作った日本語版の内容を充実させ、自分たちで翻訳。高校のホームページにも載せて広く発信している。
     「巡り人」は、広島と愛媛で昨年開かれた博覧会「しまのわ」に合わせ、当時の生徒会執行部7人の「しまおこし事業部」が作った。単なるお店の紹介にならないよう、島に暮らす人たちの横顔を紹介した。
     取り上げた15人は、事業部顧問で家庭科実習助手の藤田玲生(れお)さん(41)が探した。バルーンアートが趣味の男性や、減農薬栽培した柑橘(かんきつ)類でフレッシュジュースを出す農家など個性派ぞろい。2750部を刷って観光案内所などに置いたところ、在庫がなくなる人気ぶりだった。
     昨年、しまおこし事業部を引き継いだ礒辺悠花さん(18)ら7人は、自転車で島を走る外国人が増えていることに着目。先輩が作った冊子を外国人に読んでもらおうと、英語版を作ることにした。
     英語の対応ができる島の観光案内所のガイドら3人を追加取材し、取り上げる人を18人に増やした。島の年間イベントや前回より詳しい地図、広島空港やJR新尾道駅、福山駅からのアクセスも載せた。
     英訳は、事業部以外の友人にも手伝ってもらい、英語の教師や英語を話せる島の人に見てもらった。さらに、表現におかしい点がないか、つてを頼って米国人や英国人にメールで添削してもらった。
     今回は3千部を作成。島の観光案内所や市役所支所、図書館のほか、県庁などにも置く。瀬戸田高校のホームページ上にも英語版と日本語版を掲載。海外から来る人に事前に読んでもらえるようにした。
     メンバーの福原李央さん(17)は「平山郁夫美術館があり、景色もきれいな瀬戸田のいいところを世界の人に知ってほしい」と話す。問い合わせは同校(0845・27・0054)。(井石栄司)

    2015年8月20日木曜日

    就職活動:都会の学生目指すは農業「将来性ある!」

    主力商品の九条ねぎの管理や販売を担当している山本智之さん(左)と妹尾侑樹さん=京都市伏見区の「こと京都」向島工場で、佐々木洋撮影
    主力商品の九条ねぎの管理や販売を担当している山本智之さん(左)と妹尾侑樹さん=京都市伏見区の「こと京都」向島工場で、佐々木洋撮影
     大学生らの就職活動がピークを迎える中、農家出身でない学生が業績好調な農業法人に就職するケースが目立っている。東京都内では農業法人の合同説明会が開かれ、有名大学の学生も多数参加している。都会の学生が農業を目指す理由は−−。
     東京都出身で、法政大法学部を卒業した妹尾(せのお)侑樹さん(25)は2年前、農業法人の合同説明会を通して京都市の「こと京都」(従業員約120人)に入社した。
     こと京都は2002年設立。ブランド野菜として人気が高い京野菜の九条ねぎに特化し、生産から加工、販売まで手がける。麺類の薬味に使うカットねぎの販売で急成長し、設立当初1億円弱だった売上高は現在、グループ全体で10億円を超える。13年以降、3人の大卒者を採用している。
     妹尾さんは「国産農産物への関心が高まっており、農業は将来性のあるビジネスだと感じた。最初は親が反対したが、法学部で学んだ知識を生かして大きな仕事がしたい」と話す。
     昨年同社に入社した山本智之さん(25)は兵庫県出身で立命館大理工学部卒。東日本大震災後に宮城県気仙沼市などでボランティアとして農地の復旧作業を手伝った経験から農業に興味を持ったという。山本さんは「人と人をつなげる仕事がしたかった。産地の連携を深めて農家の経営強化につなげようという会社の理念に共感した」と語る。
     野菜数十種類の生産、加工、販売を手がける「和郷(わごう)」(千葉県香取市、年商約57億円)は14年度に大卒者の定期採用を始め、東大や早稲田大などの男女4人を採用した。人事担当者は「みんなバイタリティーがある。新しい流通の仕組みを考案するなど、会社を背負う人材になってほしい」と期待する。
     2年前から農業法人の経営者らによる合同会社説明会を開催しているのは、都内の農業コンサルティング会社「コネクト・アグリフード・ラインズ」。これまでに10社前後を集めて6回開催し、その都度、東大や慶応大、早稲田大など有名大学の学生を含め約60〜100人が集まるという。昨春は10人、今春は15人が農業法人に就職した。
     コネクト取締役の前田慶明さんは「学生はIT(情報技術)を活用した農業経営や大規模化などを進める先進的な農業法人に将来性を感じている。企業側も、知識や発想力がある若手を採用し、幹部候補として育てようと考えている」と話している。【佐々木洋】

     ◇農業法人

     株式会社や組合などの形態で農業を営む法人の総称。農家に比べ経営管理が徹底でき、従業員の雇用による規模拡大や資金調達力の向上などの利点があるとされる。農林水産省によると、2014年2月現在で全国に約1万5300の農業法人が設立されている。
              ◇
     農林水産省の統計によると、2013年に農業法人で雇用された大学生などの新規学卒就農者は1370人で、08年に比べて70人増えた。妹尾さんのように実家が農家でない人は1110人で8割を占める。農水省は、13年から首都圏の大学に職員が出向いて農業法人の紹介をしたり、実際に就職したOBらによる講演などのイベントを開催したりして支援している。
     農業を巡っては、09年に企業の農地借り入れを原則自由化する改正農地法が施行され、流通大手「イオン」やゼネコンの「大林組」など大手企業の参入も進んでいる。農水省就農・女性課の担当者は「やり方次第で農業はもうかり、人に喜んでもらえる仕事だとの認識が学生にも広まってきた。今後もこの動きを加速させたい」と話している。【佐々木洋】

    2015年7月31日金曜日

    農家民宿 地域活性化へ取り組み広がる 長野

     都会の中学生や高校生らが農家に宿泊しながら農業体験や農家の人たちとの交流を行う「農家民宿」の取り組みが、県内で広がっている。今年は新たに安曇野市が35軒の「農家民宿」で受け入れを始めた。背景には子供たちに好評であることに加え、少子高齢化や人口減少で農山村存続の危機が叫ばれる中、都市との交流が地域活性化につながればという自治体の期待がある。(三宅真太郎)
                       ◇
     「農家民宿」の実施を受け入れた安曇野市の農家、安田修司さん(61)の家には24日、東京都江戸川区松江第四中学校2年生の生徒4人が訪れた。
     生徒たちは安田さんの家族に自己紹介をすると、真っ白な軍手をはめてクワやハサミを手にして、安田さんの妻の洋子さん(61)の案内で家の裏の畑に向かった。ジャガイモやトマト、キュウリ、カボチャ、ズッキーニなどを自らの手で次々と収穫、夕飯の食材を調達した。収穫が終わると近くの林へ虫捕りに。しばらくすると「見つけたよー」と満面の笑みでクワガタを持って戻ってきた。
     「初めてのことばかりで本当に楽しかった。絶対また来たい」と生徒の星海渡君(13)。その表情を見て、洋子さんも「子供たちが喜んでくれるか不安でしたが、楽しそうな様子を見るとやりがいがありますね」と目を細めた。
     ◆都会にない体験
     農家民宿の体験内容は、受け入れ先の農家がそれぞれ考案。野菜の収穫や畑の草取りなどの作業、星空の観察など、都会ではできないことを体験してもらう。
     安曇野地域では平成24年度に松川村が「農家民宿」を始め、翌年から大町市も加わった。初年度の受け入れ人数は1校39人だけだったが、都会の子供たちにとって通常の地方への学習旅行と違って直接、田舎暮らしを体験できる「農家民宿」の人気は高まり、近年需要が拡大。27年度からは安曇野市も参加した。今年度は同地域の2市1村で、「農家民宿」を行う農家は101軒にまで広がり、県外の15校から2281人が体験学習をする予定だ。
     安曇野市の担当者は「県外の学校からの問い合わせは依然多い。協力農家はこれからも増やしていきたい」と意気込む。
     ◆学校では反響も
     県内では、最初に飯田市が平成10年から「農家民宿」を開始。その後、飯田、下伊那地域の南信州全域に動きが広がり、平成26年度は50校から約6200人が参加、これまでに延べ10万人以上を受け入れた。現在では安曇野地域のほか、長野市や青木村など実施する自治体は県内全体に広がっている。
     自治体にとっては子供たちに地域の魅力を体感してもらい、家族の旅行の増加、さらには移住といった地域活性化につながればとの期待がある。一方、「農家民宿」を行った学校では、それをきっかけに文化祭で農産物を販売するブースを設置したり、生徒の家族が旅行で再び訪れたりといった反響も少なくない。
     「農家民宿」の拡大に取り組む信州・長野県観光協会の吉池輝樹事務局長は「農家の生活を体験しながら、昔からの知恵や慣習を学ぶことは子供にとって貴重な経験」と意義を強調。「観光や定住など相乗効果を得られるように取り組んでいきたい」と話している。
                       ◇
    【用語解説】農家民宿
     農水省によると、地域がレジャーを受け入れるための態勢整備を促す「農山漁村余暇法」が平成6年に制定され、グリーン・ツーリズム(農山漁村における滞在型の余暇活動)が脚光を浴びるようになり、その一つとして「農家民宿」という形態が広がった。全国の農家民宿は2006軒(平成22年)で、一般観光客向けも人気だが、地方への学習旅行で取り入れる学校が増えている。

    2015年7月23日木曜日

    マネジャーは徳島在住、社員の半数がリモートワークをする企業はいかにして成功したか

     2015年07月23日 10時00分 UPDATE

    ワークライフバランス向上やBCP対策を目的に、従来のオフィス中心の働き方から新たな働き方へ変化する企業が増えている。社員の半数以上がリモートワークで成功を収めている企業に、働き方改革の極意を聞いた。

    新しい働き方を社内外で積極的に推進するダンクソフト

     ダンクソフトは、Webサイトの制作・構築、Microsoft製品を活用したSIビジネスなどを手掛けるIT企業だ。Webサイト制作に関しては、名だたる大手企業をクライアントとして持ち、またMicrosoft製品を使ったSIでは、特に中小企業向けの先進的なソリューションを独自に打ち出していることが高く評価され、日本マイクロソフトのパートナーアワードを受賞している。
     そんな同社は、ワークスタイル革新に積極的に取り組む企業としても知られている。社員のうち、都心の本社オフィスに勤務するのは半分弱。それ以外の社員は、徳島県や栃木県に設置したサテライトオフィス、あるいは自宅で業務を遂行している。また、本社勤務の社員であっても自宅やリモートオフィスで業務をすることも多いという。
    tt_aa_danksoft_i.jpgダンクソフト 板林淳哉氏
     この経験を生かし、現在は「新しい働き方インテグレーター」というサービスで、自社におけるワークスタイル変革の成果やノウハウをクライアント企業に提供している。ダンクソフトが、初めて新しい働き方を取り入れ始めたのは、2005年にある社員が病気で出勤できなくなったことがきっかけだったという。ダンクソフト 経営企画部/スマートオフィス・WLB推進チーム エグゼクティブマネージャー 板林淳哉氏は、当時を次のように振り返る。
     「何とかその社員が、自宅療養を続けながら仕事ができないものか。現場でいろいろ話し合いながら、在宅勤務の仕組みや制度を作り上げました。そこでリモートワークの下地ができたのですが、大きな転換点になったのが2011年3月の東日本大震災でした。震災直後、計画停電などの影響で業務継続が危ぶまれた経験をしたことから、BCP(事業継続計画)のために都心以外にもサテライトオフィスを設置する検討を始めました」
     さまざまな候補地を検討する中で、有力候補として浮上したのが徳島県だった。徳島県は、高速ブロードバンド環境が県内のすみずみにまで張り巡らされた「ネット先進地域」として全国的に知られている。また四国地域は地震が少なく、電力会社の管轄も異なることから、BCP拠点としての立地条件に優れていた。
     早速、同年5月に現地を視察し、県内の複数の候補地の中から、山中の自然豊かな集落である神山町に候補地を絞った。さらに、同年9月と11月の2回にわたり、実際にダンクソフトの社員が神山町の古民家に滞在してサテライトオフィスの実証実験を行った。その結果を受け、同社は正式に徳島にサテライトオフィスを開設することを決めた。

    社員の半数以上がリモートオフィスや自宅で勤務

     こうした同社の取り組みを推進する上では、経営トップの理解が不可欠だったという。
     「弊社は『時間は人生のために』という経営理念を掲げています。社員は仕事だけでなく余暇の時間も大事にして、そこで得たものをまた仕事に還元できれば、さらに価値の高い仕事が生まれる。そんなサイクルを回していくことを理想にしています。経営トップがそうした理念を持ち、ワークライフバランス向上の取り組みを率先して進めているからこそ、こうした施策を実現することができたのだと思います」(板林氏)
     徳島のサテライトオフィスも、当初は東京オフィスのメンバーが合宿形式で滞在する形の運用が中心だったが、2012年に現地採用のエンジニアが常駐するようになり、現在では常駐メンバーは3人にまで増えている。その第1号であり、開発チームのマネジャーを務める竹内祐介氏は、ダンクソフトに入社したいきさつを次のように振り返る。
    tt_aa_danksoft_t.jpgダンクソフト 竹内祐介氏
     「もともとは、徳島の会社に10年ほど勤めていたのですが、東京転勤を命じられたと同時に第一子が誕生し、どうしても地元に残って家族とともに子育てがしたいと考えていました。そんな折、ダンクソフトのことを知り『ぜひこの会社で働きたい』と思ったのですが、東京オフィスでの勤務は難しい。そこで社長に『徳島オフィスを作ってくれませんか?』とお願いしたところ、快諾していただきました」
     こうして2012年から、徳島のサテライトオフィスは正式に常設の拠点として運用されるようになった。とはいえ当初は、慣れないリモートワークに苦労する場面も少なくなかったという。
     「開発チームの一員として加わったのですが、他のメンバーは全員東京にいる中、1人だけ徳島という離れた場所にずっといるため、どうコミュニケーションをとればいいのか、当初はかなり戸惑いがありました。しかし、リモートワークのメンバーがいる状況がだんだん当たり前になってくると、自然とリモートワーカーを意識したコミュニケーションを皆が心掛けるようになり、業務の効率も上がっていきました」(竹内氏)
    tt_aa_danksoft_j.jpgダンクソフト 遠山和夫J.氏
     竹内氏の入社を機にリモートワーク環境が急速に整備され、同社における新しい働き方への取り組みも一気に加速することになった。現在同社では、徳島の他に栃木県宇都宮市にもリモートオフィスを構えている。ここで働く遠山和夫J.氏も、同社の新しい働き方への取り組みに共感してダンクソフトに加わったエンジニアの1人だ。
     「もともとは宇都宮の会社に勤めていたのですが、徳島でのダンクソフトの取り組みを知り、ぜひこの会社で働いてみたいと思いました。しかし、家族の都合でどうしても宇都宮からは離れられない。そこで社長に宇都宮オフィスの設置をお願いしてみたところ、了承していただけました。その後のリモートワーク体制の整備は、徳島オフィスの前例があったので比較的スムーズに運びました」
     2014年7月にダンクソフトに入社した遠山氏は、現在は宇都宮のサテライトオフィスを拠点に働いている。また並行して、環境面だけでなく在宅勤務や育児休暇などの制度面もの整備を進め、現在では徳島と宇都宮のサテライトオフィス、そして在宅勤務を合わせると、半数以上の社員が日々リモートワーク環境で働いているという。
    ALTALT木のぬくもりが感じられる徳島オフィス(左)、芝生絨毯の宇都宮オフィス(右)《クリックで拡大》

    ビデオ会議とタスク管理ツールを中心にリモートワーク環境を構築

     同社のこうした新しい働き方を実現する上で、ITの活用は不可欠だという。東京の本社オフィスとリモートサイトとの間はSkypeのビデオ会議でつながれており、常時メンバー間でコミュニケーションが取れるようになっている。またタスク管理ツールを使い、メンバー間で常にタスクの進捗状況が確認できるようになっている。
     また、デザイナーが在宅勤務を行う際には、どうしても社内に置いてあるグラフィック性能に優れたマシンでないと作業ができない場合もある。その場合はオフィス内のマシンにリモートデスクトップ接続して作業を遠隔から行うという。社内のITインフラ管理を担当する遠山氏によれば、将来的にはこうした環境をさらに利便性の高いものにしていきたいと話す。
     「リモートデスクトップ環境は、結局本社のオフィスでマシンの立ち上げやシャットダウンを誰かが行わなくてはいけません。これを仮想デスクトップのような仕組みにできれば、運用がかなり楽になるはずです。現状の仮想デスクトップは、グラフィック性能にどうしても制限があるが、これがクリアされればぜひ導入を検討したいと考えています」(遠山氏)
     現在、同社にはサテライトオフィス勤務に関する問い合わせが多く寄せられているという。新しい働き方にいち早く着手し社員の働き方や生き方そのものが大きく変革したのと同時に、そのことがメディアなどで取り上げられたことで、新たな人材の確保という面でもメリットが得られるようになったと板林氏は述べる。
     「ワークライフバランス向上やサテライトオフィスの取り組みが知られるようになったことで、中堅・ベテランクラスの優秀なエンジニアが人生の節目を迎えて、新たな働き方を模索する中で、弊社に応募してくれるケースが増えました。これは、当初在宅勤務やサテライトオフィスの取り組みを始めたころには想像も付かなかった効果です」(板林氏)
     なお、同社では全ての社員に一律に在宅勤務やリモートワークを認めているわけではないという。在宅勤務やリモートワークでもワークとライフのバランスを取りながら、しっかりと成果を残せるであろうと認めた社員にのみ、そうした新しい働き方を認めているという。しかし、そうした社員に対しても勤務状況を一日中厳密に監視するようなことはしない。
     「もちろん、リモートワークや在宅勤務の勤怠管理の仕組みはありますが、厳しい管理はせず、ある程度社員の自主性に任せ柔軟に運用しています。やはりベースにお互いの信頼関係がなければツールやルールだけ導入してもうまくいかないと思います。新しい働き方への取り組みには、経営トップの理念や理解、そして企業で働く人たちが信頼をベースに仕事を進めていける企業文化の成熟などが重要になると思います」(板林氏)

    株式会社ダンクソフト

    tt_aa_danksoft_logo.jpg
    本社:東京都中央区
    創業:1983年7月
    Webサイト:http://www.dunksoft.com/
    事業内容:Webサイトのコンサルティング・制作・構築、Microsoft製品を活用したコンサルティング・販売・サポート、ITツールの活用に関するコンサルティング
    提供:株式会社日立製作所
    アイティメディア営業企画/制作:TechTargetジャパン編集部

    2015年7月15日水曜日

    舟屋の町・伊根で街コン Iターン夫婦が一肌脱ぐ

    京都府伊根町の舟屋
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     「舟屋」で知られる京都府伊根町は丹後半島にある漁業の町だ。ここで干しなまこの製造販売業を営む高橋貴誠さん(53)は夫婦で神戸市から四年前に移ってきた「Iターン」組。高橋さんが目の当たりにしたのは急速に進む人口減と未婚男性の増加だった。そこでこの夏、有志で都会から未婚女性を伊根に招き、出会いの場を提供する「街コン」計画を進めている。
     街コンの打ち合わせのため、高橋さんの店に宇治市出身で昨年七月から漁師見習として働く独身の入山圭吾さん、地域活性化に取り組む梅田早知子さん、京都府唯一の海女大西幸子さん、遅れて成美大地域活性化センターの中尾誠二教授が駆けつけた。
     「タイトルは『いいね! 伊根で結婚』、縮めて『伊根コン』はどうだろう」「伊根の魅力を知ってもらうために女性に効果的なアピール方法は」などと話が弾む。入山さんは「漁師見習中で、まだ結婚は早いが、いい機会なので参加したい」と話す。
          ◇
     高橋さんは三十八歳頃から海辺での第二の人生を考え始め、十年かけ伊根を選んだ。最初は漁師を考えたが、漁業権を取得するのに時間がかかる。そこで伊根でとれる大きな黒ナマコに目を付けた。というのも「前の会社で、台湾に出張し、干しなまこ料理をいただいた。おいしいから神戸の中華街で食べようとしたら、めちゃ高い。そんなら自分で作ろう」と試行錯誤の末、中華料理の高級食材干しなまこ製造を身に付けていた。その技術が生きた。
    舟屋をバックに、「伊根コン」の打ち合わせをする(右から)高橋貴誠さん、梅田早知子さん、大西幸子さん、入山圭吾さん
    写真
     伊根産のナマコとアワビの乾物を製造する来福(Life)水産を設立。昨年四月、地元でも干しなまこのおいしさを知ってもらいたいと飲食店「なぎさ」を開いた。店で未婚の男性から「神戸の女性を紹介して」と何度もせつかれた。
     「四年前三千人だった人口が今二千四百人足らず。女性は高校を卒業して町を出る。二十代から四十代の男性の未婚率は高い。外から漁師見習で若い男性が入ってくる。嫁探しは深刻な問題で一肌脱いだのです」
    写真
     湾を囲んで立ち並ぶ舟屋は一階が舟の「駐車場」、二階部分が住居で、海と一体化した光景が美しい。国から重要伝統的建造物群保存地区に指定され、映画「寅さん」や「釣りバカ」シリーズ、NHK朝のテレビ小説の舞台にもなった。伊根コンに関心のある方は電0772(32)0022「なぎさ」まで。フェイスブックは「伊根コン」で検索。
    (松川貴)