2015年7月31日金曜日

農家民宿 地域活性化へ取り組み広がる 長野

 都会の中学生や高校生らが農家に宿泊しながら農業体験や農家の人たちとの交流を行う「農家民宿」の取り組みが、県内で広がっている。今年は新たに安曇野市が35軒の「農家民宿」で受け入れを始めた。背景には子供たちに好評であることに加え、少子高齢化や人口減少で農山村存続の危機が叫ばれる中、都市との交流が地域活性化につながればという自治体の期待がある。(三宅真太郎)
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 「農家民宿」の実施を受け入れた安曇野市の農家、安田修司さん(61)の家には24日、東京都江戸川区松江第四中学校2年生の生徒4人が訪れた。
 生徒たちは安田さんの家族に自己紹介をすると、真っ白な軍手をはめてクワやハサミを手にして、安田さんの妻の洋子さん(61)の案内で家の裏の畑に向かった。ジャガイモやトマト、キュウリ、カボチャ、ズッキーニなどを自らの手で次々と収穫、夕飯の食材を調達した。収穫が終わると近くの林へ虫捕りに。しばらくすると「見つけたよー」と満面の笑みでクワガタを持って戻ってきた。
 「初めてのことばかりで本当に楽しかった。絶対また来たい」と生徒の星海渡君(13)。その表情を見て、洋子さんも「子供たちが喜んでくれるか不安でしたが、楽しそうな様子を見るとやりがいがありますね」と目を細めた。
 ◆都会にない体験
 農家民宿の体験内容は、受け入れ先の農家がそれぞれ考案。野菜の収穫や畑の草取りなどの作業、星空の観察など、都会ではできないことを体験してもらう。
 安曇野地域では平成24年度に松川村が「農家民宿」を始め、翌年から大町市も加わった。初年度の受け入れ人数は1校39人だけだったが、都会の子供たちにとって通常の地方への学習旅行と違って直接、田舎暮らしを体験できる「農家民宿」の人気は高まり、近年需要が拡大。27年度からは安曇野市も参加した。今年度は同地域の2市1村で、「農家民宿」を行う農家は101軒にまで広がり、県外の15校から2281人が体験学習をする予定だ。
 安曇野市の担当者は「県外の学校からの問い合わせは依然多い。協力農家はこれからも増やしていきたい」と意気込む。
 ◆学校では反響も
 県内では、最初に飯田市が平成10年から「農家民宿」を開始。その後、飯田、下伊那地域の南信州全域に動きが広がり、平成26年度は50校から約6200人が参加、これまでに延べ10万人以上を受け入れた。現在では安曇野地域のほか、長野市や青木村など実施する自治体は県内全体に広がっている。
 自治体にとっては子供たちに地域の魅力を体感してもらい、家族の旅行の増加、さらには移住といった地域活性化につながればとの期待がある。一方、「農家民宿」を行った学校では、それをきっかけに文化祭で農産物を販売するブースを設置したり、生徒の家族が旅行で再び訪れたりといった反響も少なくない。
 「農家民宿」の拡大に取り組む信州・長野県観光協会の吉池輝樹事務局長は「農家の生活を体験しながら、昔からの知恵や慣習を学ぶことは子供にとって貴重な経験」と意義を強調。「観光や定住など相乗効果を得られるように取り組んでいきたい」と話している。
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【用語解説】農家民宿
 農水省によると、地域がレジャーを受け入れるための態勢整備を促す「農山漁村余暇法」が平成6年に制定され、グリーン・ツーリズム(農山漁村における滞在型の余暇活動)が脚光を浴びるようになり、その一つとして「農家民宿」という形態が広がった。全国の農家民宿は2006軒(平成22年)で、一般観光客向けも人気だが、地方への学習旅行で取り入れる学校が増えている。

2015年7月23日木曜日

マネジャーは徳島在住、社員の半数がリモートワークをする企業はいかにして成功したか

 2015年07月23日 10時00分 UPDATE

ワークライフバランス向上やBCP対策を目的に、従来のオフィス中心の働き方から新たな働き方へ変化する企業が増えている。社員の半数以上がリモートワークで成功を収めている企業に、働き方改革の極意を聞いた。

新しい働き方を社内外で積極的に推進するダンクソフト

 ダンクソフトは、Webサイトの制作・構築、Microsoft製品を活用したSIビジネスなどを手掛けるIT企業だ。Webサイト制作に関しては、名だたる大手企業をクライアントとして持ち、またMicrosoft製品を使ったSIでは、特に中小企業向けの先進的なソリューションを独自に打ち出していることが高く評価され、日本マイクロソフトのパートナーアワードを受賞している。
 そんな同社は、ワークスタイル革新に積極的に取り組む企業としても知られている。社員のうち、都心の本社オフィスに勤務するのは半分弱。それ以外の社員は、徳島県や栃木県に設置したサテライトオフィス、あるいは自宅で業務を遂行している。また、本社勤務の社員であっても自宅やリモートオフィスで業務をすることも多いという。
tt_aa_danksoft_i.jpgダンクソフト 板林淳哉氏
 この経験を生かし、現在は「新しい働き方インテグレーター」というサービスで、自社におけるワークスタイル変革の成果やノウハウをクライアント企業に提供している。ダンクソフトが、初めて新しい働き方を取り入れ始めたのは、2005年にある社員が病気で出勤できなくなったことがきっかけだったという。ダンクソフト 経営企画部/スマートオフィス・WLB推進チーム エグゼクティブマネージャー 板林淳哉氏は、当時を次のように振り返る。
 「何とかその社員が、自宅療養を続けながら仕事ができないものか。現場でいろいろ話し合いながら、在宅勤務の仕組みや制度を作り上げました。そこでリモートワークの下地ができたのですが、大きな転換点になったのが2011年3月の東日本大震災でした。震災直後、計画停電などの影響で業務継続が危ぶまれた経験をしたことから、BCP(事業継続計画)のために都心以外にもサテライトオフィスを設置する検討を始めました」
 さまざまな候補地を検討する中で、有力候補として浮上したのが徳島県だった。徳島県は、高速ブロードバンド環境が県内のすみずみにまで張り巡らされた「ネット先進地域」として全国的に知られている。また四国地域は地震が少なく、電力会社の管轄も異なることから、BCP拠点としての立地条件に優れていた。
 早速、同年5月に現地を視察し、県内の複数の候補地の中から、山中の自然豊かな集落である神山町に候補地を絞った。さらに、同年9月と11月の2回にわたり、実際にダンクソフトの社員が神山町の古民家に滞在してサテライトオフィスの実証実験を行った。その結果を受け、同社は正式に徳島にサテライトオフィスを開設することを決めた。

社員の半数以上がリモートオフィスや自宅で勤務

 こうした同社の取り組みを推進する上では、経営トップの理解が不可欠だったという。
 「弊社は『時間は人生のために』という経営理念を掲げています。社員は仕事だけでなく余暇の時間も大事にして、そこで得たものをまた仕事に還元できれば、さらに価値の高い仕事が生まれる。そんなサイクルを回していくことを理想にしています。経営トップがそうした理念を持ち、ワークライフバランス向上の取り組みを率先して進めているからこそ、こうした施策を実現することができたのだと思います」(板林氏)
 徳島のサテライトオフィスも、当初は東京オフィスのメンバーが合宿形式で滞在する形の運用が中心だったが、2012年に現地採用のエンジニアが常駐するようになり、現在では常駐メンバーは3人にまで増えている。その第1号であり、開発チームのマネジャーを務める竹内祐介氏は、ダンクソフトに入社したいきさつを次のように振り返る。
tt_aa_danksoft_t.jpgダンクソフト 竹内祐介氏
 「もともとは、徳島の会社に10年ほど勤めていたのですが、東京転勤を命じられたと同時に第一子が誕生し、どうしても地元に残って家族とともに子育てがしたいと考えていました。そんな折、ダンクソフトのことを知り『ぜひこの会社で働きたい』と思ったのですが、東京オフィスでの勤務は難しい。そこで社長に『徳島オフィスを作ってくれませんか?』とお願いしたところ、快諾していただきました」
 こうして2012年から、徳島のサテライトオフィスは正式に常設の拠点として運用されるようになった。とはいえ当初は、慣れないリモートワークに苦労する場面も少なくなかったという。
 「開発チームの一員として加わったのですが、他のメンバーは全員東京にいる中、1人だけ徳島という離れた場所にずっといるため、どうコミュニケーションをとればいいのか、当初はかなり戸惑いがありました。しかし、リモートワークのメンバーがいる状況がだんだん当たり前になってくると、自然とリモートワーカーを意識したコミュニケーションを皆が心掛けるようになり、業務の効率も上がっていきました」(竹内氏)
tt_aa_danksoft_j.jpgダンクソフト 遠山和夫J.氏
 竹内氏の入社を機にリモートワーク環境が急速に整備され、同社における新しい働き方への取り組みも一気に加速することになった。現在同社では、徳島の他に栃木県宇都宮市にもリモートオフィスを構えている。ここで働く遠山和夫J.氏も、同社の新しい働き方への取り組みに共感してダンクソフトに加わったエンジニアの1人だ。
 「もともとは宇都宮の会社に勤めていたのですが、徳島でのダンクソフトの取り組みを知り、ぜひこの会社で働いてみたいと思いました。しかし、家族の都合でどうしても宇都宮からは離れられない。そこで社長に宇都宮オフィスの設置をお願いしてみたところ、了承していただけました。その後のリモートワーク体制の整備は、徳島オフィスの前例があったので比較的スムーズに運びました」
 2014年7月にダンクソフトに入社した遠山氏は、現在は宇都宮のサテライトオフィスを拠点に働いている。また並行して、環境面だけでなく在宅勤務や育児休暇などの制度面もの整備を進め、現在では徳島と宇都宮のサテライトオフィス、そして在宅勤務を合わせると、半数以上の社員が日々リモートワーク環境で働いているという。
ALTALT木のぬくもりが感じられる徳島オフィス(左)、芝生絨毯の宇都宮オフィス(右)《クリックで拡大》

ビデオ会議とタスク管理ツールを中心にリモートワーク環境を構築

 同社のこうした新しい働き方を実現する上で、ITの活用は不可欠だという。東京の本社オフィスとリモートサイトとの間はSkypeのビデオ会議でつながれており、常時メンバー間でコミュニケーションが取れるようになっている。またタスク管理ツールを使い、メンバー間で常にタスクの進捗状況が確認できるようになっている。
 また、デザイナーが在宅勤務を行う際には、どうしても社内に置いてあるグラフィック性能に優れたマシンでないと作業ができない場合もある。その場合はオフィス内のマシンにリモートデスクトップ接続して作業を遠隔から行うという。社内のITインフラ管理を担当する遠山氏によれば、将来的にはこうした環境をさらに利便性の高いものにしていきたいと話す。
 「リモートデスクトップ環境は、結局本社のオフィスでマシンの立ち上げやシャットダウンを誰かが行わなくてはいけません。これを仮想デスクトップのような仕組みにできれば、運用がかなり楽になるはずです。現状の仮想デスクトップは、グラフィック性能にどうしても制限があるが、これがクリアされればぜひ導入を検討したいと考えています」(遠山氏)
 現在、同社にはサテライトオフィス勤務に関する問い合わせが多く寄せられているという。新しい働き方にいち早く着手し社員の働き方や生き方そのものが大きく変革したのと同時に、そのことがメディアなどで取り上げられたことで、新たな人材の確保という面でもメリットが得られるようになったと板林氏は述べる。
 「ワークライフバランス向上やサテライトオフィスの取り組みが知られるようになったことで、中堅・ベテランクラスの優秀なエンジニアが人生の節目を迎えて、新たな働き方を模索する中で、弊社に応募してくれるケースが増えました。これは、当初在宅勤務やサテライトオフィスの取り組みを始めたころには想像も付かなかった効果です」(板林氏)
 なお、同社では全ての社員に一律に在宅勤務やリモートワークを認めているわけではないという。在宅勤務やリモートワークでもワークとライフのバランスを取りながら、しっかりと成果を残せるであろうと認めた社員にのみ、そうした新しい働き方を認めているという。しかし、そうした社員に対しても勤務状況を一日中厳密に監視するようなことはしない。
 「もちろん、リモートワークや在宅勤務の勤怠管理の仕組みはありますが、厳しい管理はせず、ある程度社員の自主性に任せ柔軟に運用しています。やはりベースにお互いの信頼関係がなければツールやルールだけ導入してもうまくいかないと思います。新しい働き方への取り組みには、経営トップの理念や理解、そして企業で働く人たちが信頼をベースに仕事を進めていける企業文化の成熟などが重要になると思います」(板林氏)

株式会社ダンクソフト

tt_aa_danksoft_logo.jpg
本社:東京都中央区
創業:1983年7月
Webサイト:http://www.dunksoft.com/
事業内容:Webサイトのコンサルティング・制作・構築、Microsoft製品を活用したコンサルティング・販売・サポート、ITツールの活用に関するコンサルティング
提供:株式会社日立製作所
アイティメディア営業企画/制作:TechTargetジャパン編集部

2015年7月15日水曜日

舟屋の町・伊根で街コン Iターン夫婦が一肌脱ぐ

京都府伊根町の舟屋
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 「舟屋」で知られる京都府伊根町は丹後半島にある漁業の町だ。ここで干しなまこの製造販売業を営む高橋貴誠さん(53)は夫婦で神戸市から四年前に移ってきた「Iターン」組。高橋さんが目の当たりにしたのは急速に進む人口減と未婚男性の増加だった。そこでこの夏、有志で都会から未婚女性を伊根に招き、出会いの場を提供する「街コン」計画を進めている。
 街コンの打ち合わせのため、高橋さんの店に宇治市出身で昨年七月から漁師見習として働く独身の入山圭吾さん、地域活性化に取り組む梅田早知子さん、京都府唯一の海女大西幸子さん、遅れて成美大地域活性化センターの中尾誠二教授が駆けつけた。
 「タイトルは『いいね! 伊根で結婚』、縮めて『伊根コン』はどうだろう」「伊根の魅力を知ってもらうために女性に効果的なアピール方法は」などと話が弾む。入山さんは「漁師見習中で、まだ結婚は早いが、いい機会なので参加したい」と話す。
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 高橋さんは三十八歳頃から海辺での第二の人生を考え始め、十年かけ伊根を選んだ。最初は漁師を考えたが、漁業権を取得するのに時間がかかる。そこで伊根でとれる大きな黒ナマコに目を付けた。というのも「前の会社で、台湾に出張し、干しなまこ料理をいただいた。おいしいから神戸の中華街で食べようとしたら、めちゃ高い。そんなら自分で作ろう」と試行錯誤の末、中華料理の高級食材干しなまこ製造を身に付けていた。その技術が生きた。
舟屋をバックに、「伊根コン」の打ち合わせをする(右から)高橋貴誠さん、梅田早知子さん、大西幸子さん、入山圭吾さん
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 伊根産のナマコとアワビの乾物を製造する来福(Life)水産を設立。昨年四月、地元でも干しなまこのおいしさを知ってもらいたいと飲食店「なぎさ」を開いた。店で未婚の男性から「神戸の女性を紹介して」と何度もせつかれた。
 「四年前三千人だった人口が今二千四百人足らず。女性は高校を卒業して町を出る。二十代から四十代の男性の未婚率は高い。外から漁師見習で若い男性が入ってくる。嫁探しは深刻な問題で一肌脱いだのです」
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 湾を囲んで立ち並ぶ舟屋は一階が舟の「駐車場」、二階部分が住居で、海と一体化した光景が美しい。国から重要伝統的建造物群保存地区に指定され、映画「寅さん」や「釣りバカ」シリーズ、NHK朝のテレビ小説の舞台にもなった。伊根コンに関心のある方は電0772(32)0022「なぎさ」まで。フェイスブックは「伊根コン」で検索。
(松川貴)

京料理の高級魚…ホンモロコ養殖

海洋高、閉校プールで

  • ホンモロコの稚魚をプールに放つ府立海洋高生(宮津市で)
    ホンモロコの稚魚をプールに放つ府立海洋高生(宮津市で)
  • 養殖されるホンモロコの稚魚
    養殖されるホンモロコの稚魚
 京都府宮津市の府立海洋高・海洋資源科3年生8人が14日、今年3月に閉校した小学校のプールを活用して、京料理に使われる淡水魚「ホンモロコ」の養殖を開始した。
 実習の一環だが、将来の事業化を見据えた取り組みで、まずは養殖技術の確立を目指す。
 ホンモロコは、素焼きや甘露煮などにするとおいしい高級魚で、京料理の食材の一つ。本来は琵琶湖の固有種だが、外来魚などの影響で激減しているという。
 海洋高では養殖の事業化に向けて、2012年から校内の水槽で飼育を開始。13年に約7キロ、14年には約20キロを京都市などの料理店へ出荷している。
 さらに規模を拡大するため、大量のホンモロコを養殖できる施設を探していたところ、昨年11月、事情を知った宮津市が、閉校が決まっていた市立上宮津小プールの利用を提案、実現が決まった。
 生徒たちはこの日、体長約2センチの稚魚約2万匹をプールに放した。最終的には計3万匹を移し、約半年間かけて体長10センチの成魚まで育てる計画。
 水槽よりも天敵の鳥などに狙われやすく、病気が発生した場合の管理が難しいといった課題があるが、生徒らは今後、夏休み返上で餌やりやプール掃除などをしながら、稚魚の成長を観察。様々な課題への対処法を考えていく。順調にいけば、12月頃には150キロの出荷量が見込めるという。
 ホンモロコ養殖班の班長を務める広瀬亮佑君(17)は「初めての取り組みで、色んな失敗を経験するかもしれないが、頑張りたい」と話していた。
2015年07月15日 12時37分 Copyright © The Yomiuri Shimbun